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2013年06月01日
天狗 善界
カテゴリ : [案内望遠鏡]
時は舒明天皇9年2月のこと。
都の空は耳をつんざき、身体を突き抜けるようなすさまじい音が鳴り響く。
東から西へ“何か” が流れていった。
「星だ!星だっ!大きな星がながれたぁ〜。いやぁっ???」
「弾よりも早く」「機関車よりも力は強く」
「ビルじィングなどは ひとっとび」
「なんだあれはっ」 「鳥だっ」 「ロケットよ」 「あっ、スーパーマンだっ!」
「いやいや、あれは天狗である。天狗の吠える声が雷のように響きわたっておるのだぁ!」
と、唐から帰国した僧の旻が言った。と、『日本書紀』にあるとかないとか…
スーパーマンの下りはともかく、飛鳥時代の日本書紀に天狗は流星として登場。
天狗は大陸において流星を意味した。
その猛烈な速さと力強さ、大地を震わす凄まじい音で落下する火の玉を
咆哮を上げて天を駆け降りる犬の姿に見立てたのであろう。
わが国でそれ以後、文書で流星を天狗と呼ぶ記録は無いという。
大陸で天狗は天から地上へと災禍をもたらす凶星として恐れられた。
時代が下り、平安の時代に登場した天狗は妖怪になっていた。
山伏の装束で赤ら顔、高い鼻を持ち、翼があって一本歯の高下駄を履き
葉団扇を持ち自在に空中を飛翔する。そして、悪巧みをする。
これが天狗ということになったのは中世以降のようだが、多くは僧侶の形で、
時として童子や鬼の形をとることもあったらしい。また、空飛ぶ天狗は鷹だの鳶だのにもなる。
その時々の 人の気持に沿って変幻自在。 伝説上の生き物といったところか。
能 善界にこんなくだりが描かれている。
唐の国に天狗の首領がいて、名を善界坊と言った。
さすがに首領、魔道へ慢心した多くの僧たちを引き入れたそうな。 さぁてお次は…
邪魔くさぃ!海の向こうの仏法をなんとかするかぁ〜 と海を渡る。
愛宕山の大天狗太郎坊の知恵で、比叡山の僧に目を付けた。
勅命によって都へ急ぐ僧の前に、雷鳴と共に現われる善界坊。
なんとか魔道に引き入れよう! と頑張った。
が、仏法を守護する不動明王はがんばった。諸神も皆々頑張った。
う〜む。 多勢に無勢、善界坊、とうとう退散の憂き目となる。
せっかく 海を越えて来たんだがなぁ。
愛宕の太郎坊の助言はどうもなぁ〜 と首を傾げたかどうか。
能では「大ベシミ」という面が天狗を表す。
大きく目を見開き、口を真一文字に閉じた強い表情。力を内に秘めて強い 天狗を顕わしている。
あの 後白河法王と住吉大神との天狗問答に
「もろもろの智者学匠の、無道心甚だしい者が、死んで天魔という鬼になり申す。
その頭は狗、身体は人身にて翼が生えており、前後百年のことを予知する通力を有し、
空を飛ぶこと隼のごとく、僧侶なれば地獄には堕ちず、無道心故往生もできず、魔界の
天狗道に堕つ。無道心の僧、高慢の学匠は皆天魔となり、天狗と呼ぶ。」
とあり、大智の僧は大天狗、小智の僧は小天狗に成るという。
因みに 日本の八大天狗は 愛宕の山の太郎坊、比良の峰の次郎坊、飯綱三郎、鞍馬山僧正坊
大山伯耆坊、彦山豊前坊、大峰山前鬼坊、白峰相模坊。 其々が謡でも馴染みである。
数百年の前、天狗様は当時の流星ならぬ スターでもあったのだろう。
観世九皐会6月定例会にて三余堂 能 善界 地頭を勤める
都の空は耳をつんざき、身体を突き抜けるようなすさまじい音が鳴り響く。
東から西へ“何か” が流れていった。
「星だ!星だっ!大きな星がながれたぁ〜。いやぁっ???」
「弾よりも早く」「機関車よりも力は強く」
「ビルじィングなどは ひとっとび」
「なんだあれはっ」 「鳥だっ」 「ロケットよ」 「あっ、スーパーマンだっ!」
「いやいや、あれは天狗である。天狗の吠える声が雷のように響きわたっておるのだぁ!」
と、唐から帰国した僧の旻が言った。と、『日本書紀』にあるとかないとか…
スーパーマンの下りはともかく、飛鳥時代の日本書紀に天狗は流星として登場。
天狗は大陸において流星を意味した。
その猛烈な速さと力強さ、大地を震わす凄まじい音で落下する火の玉を
咆哮を上げて天を駆け降りる犬の姿に見立てたのであろう。
わが国でそれ以後、文書で流星を天狗と呼ぶ記録は無いという。
大陸で天狗は天から地上へと災禍をもたらす凶星として恐れられた。
時代が下り、平安の時代に登場した天狗は妖怪になっていた。
山伏の装束で赤ら顔、高い鼻を持ち、翼があって一本歯の高下駄を履き
葉団扇を持ち自在に空中を飛翔する。そして、悪巧みをする。
これが天狗ということになったのは中世以降のようだが、多くは僧侶の形で、
時として童子や鬼の形をとることもあったらしい。また、空飛ぶ天狗は鷹だの鳶だのにもなる。
その時々の 人の気持に沿って変幻自在。 伝説上の生き物といったところか。
能 善界にこんなくだりが描かれている。
唐の国に天狗の首領がいて、名を善界坊と言った。
さすがに首領、魔道へ慢心した多くの僧たちを引き入れたそうな。 さぁてお次は…
邪魔くさぃ!海の向こうの仏法をなんとかするかぁ〜 と海を渡る。
愛宕山の大天狗太郎坊の知恵で、比叡山の僧に目を付けた。
勅命によって都へ急ぐ僧の前に、雷鳴と共に現われる善界坊。
なんとか魔道に引き入れよう! と頑張った。
が、仏法を守護する不動明王はがんばった。諸神も皆々頑張った。
う〜む。 多勢に無勢、善界坊、とうとう退散の憂き目となる。
せっかく 海を越えて来たんだがなぁ。
愛宕の太郎坊の助言はどうもなぁ〜 と首を傾げたかどうか。
能では「大ベシミ」という面が天狗を表す。
大きく目を見開き、口を真一文字に閉じた強い表情。力を内に秘めて強い 天狗を顕わしている。
あの 後白河法王と住吉大神との天狗問答に
「もろもろの智者学匠の、無道心甚だしい者が、死んで天魔という鬼になり申す。
その頭は狗、身体は人身にて翼が生えており、前後百年のことを予知する通力を有し、
空を飛ぶこと隼のごとく、僧侶なれば地獄には堕ちず、無道心故往生もできず、魔界の
天狗道に堕つ。無道心の僧、高慢の学匠は皆天魔となり、天狗と呼ぶ。」
とあり、大智の僧は大天狗、小智の僧は小天狗に成るという。
因みに 日本の八大天狗は 愛宕の山の太郎坊、比良の峰の次郎坊、飯綱三郎、鞍馬山僧正坊
大山伯耆坊、彦山豊前坊、大峰山前鬼坊、白峰相模坊。 其々が謡でも馴染みである。
数百年の前、天狗様は当時の流星ならぬ スターでもあったのだろう。
観世九皐会6月定例会にて三余堂 能 善界 地頭を勤める
投稿日 2013年06月02日 12:13:56
最終更新日 2013年06月02日 12:13:56
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