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2011年04月01日
源氏供養
カテゴリ : [案内望遠鏡]
狂言綺語と書いて、きょうげんきご、能では専ら きょうげんきぎょと読んでいる。
誤った戯言や むやみに飾り立てた言葉のことを言う。
和歌などを卑しめる時の表現ということだが、そのような 狂言綺語をもてあそぶようなことをするのは
仏の教えに背くこととされていたそうな。
平安時代になると 和歌が仏の道の修行に繋がるという考えがあり、これを弄ぶとは何たることぞ!
ということだったようである。
武士の時代となった鎌倉時代には 紫式部が書いた源氏物語は狂言綺語で 
その為に 紫式部が地獄に落ちたという説が広まる。源氏物語は人々を惑わす絵空事ということか。
そこで 式部の救済のために源氏を供養することが行われた。


むかしむかし、今の京都市上京区に比叡山東塔竹林院の里坊、安居院 (あぐい) があった。
そこには説教の名手澄憲 (ちょうけん) という天台の坊さまがいて、安居院流の唱導の祖ということであった。
この坊さま 保元・平治の乱でご存知、かの藤原信西入道の七男なんだと。
安居院法印澄憲さまが石山寺へ参詣途中、女に呼びとめられたとさ。
そして「源氏物語」についてなんじゃカンジャと話をすることに。
挙句、女は供養を頼んで消えていってしもうた…。
『ははぁ〜ん、あの女は紫式部の霊じゃなぁ…、ではでは光源氏と式部の供養をいたしましょう。』
すると、紫式部が美しい紫の衣に緋の袴姿で現れて、源氏物語の巻名を読み込んだ謡にあわせて
舞ったんだと。 いやはや 実は式部は観世音菩薩さまの化身であったとさ。




「そもそも桐壺の、ゆふべの煙速やかに、法性の空に至り、帚木の夜の言の葉は…」と
源氏の巻名が順に読み込まれて始まる詞章に 紫式部の霊が舞い、
「思へば夢の浮橋も、夢のあひだの言葉なり夢のあひだの言葉なり」と静かな留めを迎える。
夢、現、の中に源氏供養を題材にした能が まさに『源氏供養』。
かの関白秀吉がお好みの曲で、文禄元年から文禄二年の 一年間に自ら七たび 舞ったという。
平成二十三年の秀吉さま 岸谷五朗は お舞いなさるか。
平成二十三年四月十日、悪夢からのひと月。 三余堂、九皐会定例会にて 紫式部の霊となる。 
                                              鎮魂の意も込めて。


源氏供養 能「源氏供養」 (c)La plume d'oie 鵞毛庵











投稿日 2011年04月01日 9:47:06
最終更新日 2011年04月01日 9:47:31
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