記事移動
2010年02月01日
ほんに今夜は節分か
カテゴリ : [案内望遠鏡]
月も朧に白魚の 篝(かがり)もかすむ 春の空
冷てえ風にほろ酔いの 心持ちよく うかうかと
浮かれ烏(がらす)のただ一羽 ねぐらへ帰る川端で
竿の雫か濡れ手で粟 思いがけなく 手にいる百両
(呼び声がする) おん厄払いましょう、厄おとし !
ほんに 今夜は 節分か
西の海より川の中 落ちた夜鷹は厄落とし
豆だくさんに一文の 銭と違って金包み
こいつぁ 春からっ 縁起が いいわえ
三人吉三廓初買(さんにんきちさ くるわの はつかい) 通称三人吉三巴白浪
若く美しい女装の泥棒、ご存知 お嬢吉三(おじょうきちざ)が、夜鷹を殺して百両奪った後の名文句。
「厄払い」と呼ばれるお嬢吉三のセリフである。江戸の節分の様を語っている。
その頃の江戸の湾の沖では、舟を浮かべて、篝火を焚き白魚を集めて漁をしていた。
ひとつの風物詩だったろう。
節分は 季節を分ける ということで、春夏秋冬 のすべてにある。
今では春だけを節分と呼ぶようになったが、大晦日という意味合いもあり、
鬼やらいの行事として豆まきが現在にも伝わっている。
そもそもは宮中での行事 儺(ついな)で、炒った豆で鬼をはらう風習があったそうだ。
狂言には まさに節分という曲がある。
節分の夜に、独りで留守番をしていた妻のところへ、蓬莱の島から鬼が来て
妻の気を引こうと、歌ったり、踊ったりと、悪戦苦闘。
がしかし、妻は鬼から隠れ蓑や隠れ傘を巻き上げて、終いには
「福は内へ!鬼は外へ!」と豆をぶつけて鬼を退散させるという話しである。
江戸時代、庶民に採り入れられたその行事は、当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したものを
戸口に立てたり、寺社で豆撒きをしたりするようになったという。
季節の変わり目には邪気、邪鬼が生じると考えられ、それを払ったのだ。
鬼の準備も怠りなく
さて、芝居の場面は節分の夜、満月に近い月の夜の大川端。
今の暦なら2月下旬か、海は霞が立ち春を少しばかり感じて、
冬から春への何とも言えない微妙な陽気が伝わってくる。
その頃は、年の数の豆と一緒に一銭、または十二銭を紙や古い褌に包んで、家の外に捨てたそうだ。
これを拾い歩きながら 「おん厄払いましょう」と言いつつ、厄払いの文章を言う人がいたという。
その声が聞こえたら豆と一文銭を外に投げたらしい。
で、 ほんに 今夜は… というセリフになる訳だ。
厄も夜鷹も西の果てに流して 拾った豆が百両なら こいつぁ… 春から !
ということである。
葛飾北斎は北斎漫画や北斎画譜に江戸時代の節分の様を描いている。
これには 追われる赤鬼、青鬼の反対側に、「福は内」の方も描かれていて、恵比寿と大黒の神様が
奥座敷で鯛をさかなに ちくと一杯。なかなか豪勢なものである。
今年は2月3日が節分。せいぜい 大声で鬼は外! というより、
三余堂、 福は内で鰯を肴にちくと一杯か。
煎り豆のつまみも なかなか おつで
冷てえ風にほろ酔いの 心持ちよく うかうかと
浮かれ烏(がらす)のただ一羽 ねぐらへ帰る川端で
竿の雫か濡れ手で粟 思いがけなく 手にいる百両
(呼び声がする) おん厄払いましょう、厄おとし !
ほんに 今夜は 節分か
西の海より川の中 落ちた夜鷹は厄落とし
豆だくさんに一文の 銭と違って金包み
こいつぁ 春からっ 縁起が いいわえ
三人吉三廓初買(さんにんきちさ くるわの はつかい) 通称三人吉三巴白浪
若く美しい女装の泥棒、ご存知 お嬢吉三(おじょうきちざ)が、夜鷹を殺して百両奪った後の名文句。
「厄払い」と呼ばれるお嬢吉三のセリフである。江戸の節分の様を語っている。
その頃の江戸の湾の沖では、舟を浮かべて、篝火を焚き白魚を集めて漁をしていた。
ひとつの風物詩だったろう。
節分は 季節を分ける ということで、春夏秋冬 のすべてにある。
今では春だけを節分と呼ぶようになったが、大晦日という意味合いもあり、
鬼やらいの行事として豆まきが現在にも伝わっている。
そもそもは宮中での行事 儺(ついな)で、炒った豆で鬼をはらう風習があったそうだ。
狂言には まさに節分という曲がある。
節分の夜に、独りで留守番をしていた妻のところへ、蓬莱の島から鬼が来て
妻の気を引こうと、歌ったり、踊ったりと、悪戦苦闘。
がしかし、妻は鬼から隠れ蓑や隠れ傘を巻き上げて、終いには
「福は内へ!鬼は外へ!」と豆をぶつけて鬼を退散させるという話しである。
江戸時代、庶民に採り入れられたその行事は、当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したものを
戸口に立てたり、寺社で豆撒きをしたりするようになったという。
季節の変わり目には邪気、邪鬼が生じると考えられ、それを払ったのだ。
鬼の準備も怠りなく
さて、芝居の場面は節分の夜、満月に近い月の夜の大川端。
今の暦なら2月下旬か、海は霞が立ち春を少しばかり感じて、
冬から春への何とも言えない微妙な陽気が伝わってくる。
その頃は、年の数の豆と一緒に一銭、または十二銭を紙や古い褌に包んで、家の外に捨てたそうだ。
これを拾い歩きながら 「おん厄払いましょう」と言いつつ、厄払いの文章を言う人がいたという。
その声が聞こえたら豆と一文銭を外に投げたらしい。
で、 ほんに 今夜は… というセリフになる訳だ。
厄も夜鷹も西の果てに流して 拾った豆が百両なら こいつぁ… 春から !
ということである。
葛飾北斎は北斎漫画や北斎画譜に江戸時代の節分の様を描いている。
これには 追われる赤鬼、青鬼の反対側に、「福は内」の方も描かれていて、恵比寿と大黒の神様が
奥座敷で鯛をさかなに ちくと一杯。なかなか豪勢なものである。
今年は2月3日が節分。せいぜい 大声で鬼は外! というより、
三余堂、 福は内で鰯を肴にちくと一杯か。
煎り豆のつまみも なかなか おつで
投稿日 2010年02月01日 0:21:52
最終更新日 2010年02月01日 0:21:52
【修正】