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2009年11月01日
霜降月の御案内  佐渡の世阿弥に想いを  
カテゴリ : [案内望遠鏡]
吉永小百合が佐渡へ旅するコマーシャルが盛んに流れていた。
「ここが今や、日本有数の能の島だと言ったら、彼はどんな顔をするでしょうか」
五十歳から行く大人の旅 JR東日本 と。
JR東日本 大人の休日倶楽部 TV-CM 佐渡の能篇 秋。 と、いうものらしい。
   ゆっくりと 吉永小百合と佐渡を旅したい方、こちらで ご一緒に!

大化の改新以後に佐渡国が置かれたという。
古代から遠流の地だった。  順徳天皇、日蓮…
都からの流人が、その文化を伝え、西廻りの航路が、西日本や北陸の文化を伝えた。
そして貴族や武家、土地の者の文化が渾然となって、佐渡特有のものがつくられていく。
吉永小百合の言う 「彼はどんな顔をするでしょうか」 と問われているのは 世阿弥。
能の大成者、世阿弥が配流された島が佐渡であった。
何故 流されたか…  

晩年、佐渡での世阿弥は瀬戸内寂聴著 『秘花』 新潮社刊 で思いを馳せることが出来る。



世阿弥は 12歳の時、将軍 足利義満の寵愛を後ろ盾に、頂点を極めた。
義満の死を境に、甥の音阿弥に地位を奪われ、長男の死、次男の出家。
そして自らは佐渡への流刑。いわれの 判らぬ流刑だった。
小説は佐渡へ向かう船中で、自らの前半生を振り返るところから始まる。 
米も魚もよくとれ、水も豊富で、他者を受け入れるおおらかさがある佐渡の地。
そこでの 寂聴、世阿弥の晩年の世界が 展開する。

すぐれた能役者、能作者、能楽論書の著者であった世阿弥も、
百年たてば同時代の舞台を見た人は誰もいなくなることを意識していた。
だが、能の本は残る。「書いたものの命は強い」と語る世阿弥。
「私は死後も自分の小説が読まれるとは思っていません。けれども書いているうちに、世阿弥に自分を
重ねた部分はある。小説は結局、自分を書くものですから」と 瀬戸内寂聴。


杉本苑子著 『華の碑文』中央公論社刊 では世阿弥の生涯、平岩弓枝著 『獅子の座』 文芸春秋社刊 では足利義満の生涯を それぞれ義満、世阿弥を絡めて描いている。 
秋の夜長に 三人の女性小説家による作品で、世阿弥の生きた時代を読み比べるのも一興。







投稿日 2009年11月01日 0:00:36
最終更新日 2009年11月01日 7:22:40
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