記事移動
2006年10月30日
カテゴリ : [鵞毛庵能の花シリーズ]
秋口は結婚式など多く、何かとお祝い事がつづく。
そんな中、ある古希祝いのためにデザインした頭文字の装飾。ゴチック様式の典型的な装飾である。頭文字の中に白でアカンサスの葉のねじり模様を入れ、背景は金箔を置く。頭文字の一部から、やはりアカンサスの葉が枝分かれして絡んで伸びる。色調は青や赤、緑が写本によく見られる。このアカンサスの葉は、遠い昔はコリント様式の柱頭の飾りや、いわゆるアラベスク模様や唐草模様の原型となっている。だから、西洋の典型的な模様の中に、実はすでに日本でもお馴染みの模様のもとが登場している。
本来なら甲冑や紋章が描かれる場所に鼓を配し、ヨーロッパの森に多く住む動物がリアルに描かれるところを、日本の伝統的な図案化された鶴と亀にして、不自然にならないように日本の風味を取り入れた。
(c)鵞毛庵 La plume d'oie
そんな中、ある古希祝いのためにデザインした頭文字の装飾。ゴチック様式の典型的な装飾である。頭文字の中に白でアカンサスの葉のねじり模様を入れ、背景は金箔を置く。頭文字の一部から、やはりアカンサスの葉が枝分かれして絡んで伸びる。色調は青や赤、緑が写本によく見られる。このアカンサスの葉は、遠い昔はコリント様式の柱頭の飾りや、いわゆるアラベスク模様や唐草模様の原型となっている。だから、西洋の典型的な模様の中に、実はすでに日本でもお馴染みの模様のもとが登場している。

本来なら甲冑や紋章が描かれる場所に鼓を配し、ヨーロッパの森に多く住む動物がリアルに描かれるところを、日本の伝統的な図案化された鶴と亀にして、不自然にならないように日本の風味を取り入れた。
(c)鵞毛庵 La plume d'oie
投稿日 2006年12月04日 5:53:45
最終更新日 2006年12月04日 5:54:00
【修正】
2006年10月20日
カテゴリ : [鵞毛庵能の花シリーズ]
三余堂が「半蔀」のシテをつとめるのに合わせて、その題材となった源氏物語の夕顔の歌「心あてにそれかとぞ見る白露の 光添へたる夕顔の花」に挑戦。
夕顔は蔀戸を半分押し上げた室内におり、その蔀戸には夕顔の花が絡んでいる。その隙間からちらりと覗いた影。それを光源氏だと確信して扇に歌をしたためたという。
その瞬間を表現したくとも、なかなか思い通りにままならず。

(c)鵞毛庵 La plume d'oie
夕顔は蔀戸を半分押し上げた室内におり、その蔀戸には夕顔の花が絡んでいる。その隙間からちらりと覗いた影。それを光源氏だと確信して扇に歌をしたためたという。
その瞬間を表現したくとも、なかなか思い通りにままならず。

(c)鵞毛庵 La plume d'oie
投稿日 2007年01月10日 10:42:18
最終更新日 2007年01月10日 10:43:05
【修正】
2006年10月12日
カテゴリ : [三余堂月次]
毎年7月の6日、7日、8日の3日間、 《恐れ入谷の鬼子母神》 で有名な真源寺境内と
その前の言問道りに 朝顔市が立つ。
明治初期に始まり 大正期に一時途絶えたものの 戦後地元の有志によって復活。
今では 遠方からも多くの人が集まる為か、宅配業者が翌朝には自宅へ朝顔の鉢を届ける。
その朝顔市、夕顔の鉢も並ぶ。

夕顔が白く大きな花を夕闇に咲かせる様は誠に美しい。その上、実に芳しい。
名の如く夕顔は 夕方に花を咲かせ、翌朝にはしぼむ一日花。
ウリ科の植物で朝顔とは仲間が違う。
夕顔は平安時代に中国から伝わったらしいが、その大きな果実は干瓢に化ける。
ウリ科の植物で、特徴的な実をつけるものに瓢箪もある。胡瓜の花が白くなったような花で、
果実は水汲み、花入れ、徳利等でおなじみ。
もともと 瓢箪、夕顔は同一種で栽培されるうち食用として夕顔が登場したとか……。
実際はともかく 白く大きな花に手毬のような実より、瓢箪の形の方が絵になるようで
花は夕顔、実は瓢箪という図に出くわすことになる。

ところで、この夕顔はかの光源氏を魅了。光の君のお気に入りは、その花の咲く家人。
「心あてにそれかとぞ見る白露の 光添へたる夕顔の花」 と扇に歌をしたためる。
「寄りてこそそれかとも見めたそがれに ほのぼのみつる 花の夕顔」 と返す光の君。
これが判らなきゃぁ わかんネェナ。だんじょのきびだんごっテンダ! 御用とお急ぎで無い向きは
源氏物語第四帖 夕顔の巻を熟読されたい。
因みに 謡の詞章では 折てこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見えし 夕顔の花
これを素材にした能に「夕顔」と「半蔀」がある。
「夕顔」 は悲劇として、「半蔀」 は光の君との思い出を美しく描いている。
瓢箪の絡む蔀屋が作り物で舞台に出るのは「半蔀」。この半蔀なるものはどんなものか。
蔀戸は下から上に押し上げて開閉する格子戸で 京都などの寺院散策でお馴染の方もあろう。
半蔀は、それを腰から上半分が外に向かって押し上げるようになっている。
半蔀の作り物はシテ方が造る。能の舞台は時折、簡素な竹製の装置が出る。
今は 裏の竹林で調達した竹でその都度作るという訳ではないが、 ほぼそれに近い。
骨組みは出来ていて 曲目によって部分を換えて組立てる。藁屋も船も車も半蔀も応用だ。
昔は作り物方という専門職があったとか。現在はシテ方の大事な仕事の一つである。
お目に掛けようと準備した半蔀の作り物は なんとデジカメの故障で掲載不能になる。
さてさて 初回からこのようでは 先が思いやられるが、いずれ作り物のおしゃべりでもしよう。

7月7日 三餘堂の玄関に行灯作りの夕顔鉢が届いた。みるみる蔓が延び、蔀戸があれば絡ま
せるところだが大鉢に移すのがせいぜいであった。今は 実を結んでいる。
大きな手毬でもなく瓢箪でもない。親指ほどの大きさで赤紫の実である。この実が来年は朝顔市
に負けぬ花をつけるか… 。
観世九皐会10月定例会の「半蔀」を亭主 勤める。
観世九皐会 http://www.kanze.com
その前の言問道りに 朝顔市が立つ。
明治初期に始まり 大正期に一時途絶えたものの 戦後地元の有志によって復活。
今では 遠方からも多くの人が集まる為か、宅配業者が翌朝には自宅へ朝顔の鉢を届ける。
その朝顔市、夕顔の鉢も並ぶ。

夕顔が白く大きな花を夕闇に咲かせる様は誠に美しい。その上、実に芳しい。
名の如く夕顔は 夕方に花を咲かせ、翌朝にはしぼむ一日花。
ウリ科の植物で朝顔とは仲間が違う。
夕顔は平安時代に中国から伝わったらしいが、その大きな果実は干瓢に化ける。
ウリ科の植物で、特徴的な実をつけるものに瓢箪もある。胡瓜の花が白くなったような花で、
果実は水汲み、花入れ、徳利等でおなじみ。
もともと 瓢箪、夕顔は同一種で栽培されるうち食用として夕顔が登場したとか……。
実際はともかく 白く大きな花に手毬のような実より、瓢箪の形の方が絵になるようで
花は夕顔、実は瓢箪という図に出くわすことになる。

ところで、この夕顔はかの光源氏を魅了。光の君のお気に入りは、その花の咲く家人。
「心あてにそれかとぞ見る白露の 光添へたる夕顔の花」 と扇に歌をしたためる。
「寄りてこそそれかとも見めたそがれに ほのぼのみつる 花の夕顔」 と返す光の君。
これが判らなきゃぁ わかんネェナ。だんじょのきびだんごっテンダ! 御用とお急ぎで無い向きは
源氏物語第四帖 夕顔の巻を熟読されたい。
因みに 謡の詞章では 折てこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見えし 夕顔の花
これを素材にした能に「夕顔」と「半蔀」がある。
「夕顔」 は悲劇として、「半蔀」 は光の君との思い出を美しく描いている。
瓢箪の絡む蔀屋が作り物で舞台に出るのは「半蔀」。この半蔀なるものはどんなものか。
蔀戸は下から上に押し上げて開閉する格子戸で 京都などの寺院散策でお馴染の方もあろう。
半蔀は、それを腰から上半分が外に向かって押し上げるようになっている。
半蔀の作り物はシテ方が造る。能の舞台は時折、簡素な竹製の装置が出る。
今は 裏の竹林で調達した竹でその都度作るという訳ではないが、 ほぼそれに近い。
骨組みは出来ていて 曲目によって部分を換えて組立てる。藁屋も船も車も半蔀も応用だ。
昔は作り物方という専門職があったとか。現在はシテ方の大事な仕事の一つである。
お目に掛けようと準備した半蔀の作り物は なんとデジカメの故障で掲載不能になる。
さてさて 初回からこのようでは 先が思いやられるが、いずれ作り物のおしゃべりでもしよう。

7月7日 三餘堂の玄関に行灯作りの夕顔鉢が届いた。みるみる蔓が延び、蔀戸があれば絡ま
せるところだが大鉢に移すのがせいぜいであった。今は 実を結んでいる。
大きな手毬でもなく瓢箪でもない。親指ほどの大きさで赤紫の実である。この実が来年は朝顔市
に負けぬ花をつけるか… 。
観世九皐会10月定例会の「半蔀」を亭主 勤める。
観世九皐会 http://www.kanze.com
投稿日 2007年01月31日 18:34:07
最終更新日 2007年01月31日 18:34:37
【修正】
2006年10月01日
カテゴリ : [三余堂月次]
能楽さんぽへよくお出掛け下さいました。
この度、La plume d’oie ラ・フ゜リュム・ドワの 兄妹サイトとして 「能楽さんぽ」の頁が出来ました。
三余(さんよ)とは、十数年前から号として使い始めたもので、中国の魏の薫遇という人が言った、
読書当以三餘 冬者歳之餘 夜者日之餘 陰雨者時之餘 (出典 魏志・王粛伝)
から引用したものです。
勉学には農作業(仕事)の出来ない1年のうちで冬の季節、1日のうちでは夜、そして雨の日を有効活用せよ、ということです。能を生業として此の方、三余をどれだけ活用出来たでしょうか。そろそろ日々の徒然を書き留めてみようと思い立ちました。
三余堂 五木田三郎

この度、La plume d’oie ラ・フ゜リュム・ドワの 兄妹サイトとして 「能楽さんぽ」の頁が出来ました。
三余(さんよ)とは、十数年前から号として使い始めたもので、中国の魏の薫遇という人が言った、
読書当以三餘 冬者歳之餘 夜者日之餘 陰雨者時之餘 (出典 魏志・王粛伝)
から引用したものです。
勉学には農作業(仕事)の出来ない1年のうちで冬の季節、1日のうちでは夜、そして雨の日を有効活用せよ、ということです。能を生業として此の方、三余をどれだけ活用出来たでしょうか。そろそろ日々の徒然を書き留めてみようと思い立ちました。
三余堂 五木田三郎

投稿日 2007年01月10日 10:31:07
最終更新日 2007年01月10日 10:31:42
【修正】


昇順