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2008年04月12日
中津川の花見
カテゴリ : [三余堂月次]
秋田の久保田城址ではまだ堅い蕾をつけていた桜は 東京で桜挿頭の様相を呈していた。
その 一週間後 三余堂は中山道の中津川にかかる花を愛でた。
中津川の支流 四つ目川の桜
中津川は中山道にある。
江戸時代に五街道が整備されて中山道は お江戸の日本橋から京三条大橋までの
六十九の宿場を持つ。
日本橋から数えて四十五番目の宿場が中津川である。
現在は 中央自動車道や中央本線の整備で名古屋への足もよくなった。
長野の松本までも 一時間半あまりである。
その昔 東海道膝栗毛の弥次さん喜多さんは江戸への帰り道、中山道六十九次を行ったようだ。
そこに書かれた中津川宿は、旅芸人などのいる賑やかな町であったらしい。
木曽山中の商業の中心地で、穀物、塩、酒、呉服、木綿、紙などが扱われ、市も立ち賑わいを
見せていたのが 中津川宿である。
広重は『木曾海道六拾九次之内』を描いている。
中山道広重美術館 http://museum.city.ena.gifu.jp/top.html
広重は一宿に一枚を描いた。だが、中津川宿は「晴れ」と「雨」の二枚がある。
篠つくような雨の中を、合羽を羽織った3人の武士が急ぐさまを描く雨があるのだ。
中津川から望む山々
中津川の駅に降り立って、遠く北に目をやると丘のように広がる山を見る。恵那山だ。
日本の百名山に挙げられる 二千メートルほどの標高を持つ恵那山(えなさん)は
伊邪那岐命 イザナギノミコト、伊邪美岐命 イザナミノミコト、が天照大神の胞衣(えな)を
納めたと伝えられている。
その恵那の山々を前田青邨画伯は描いている。
中津川は画伯の故郷である。
袱紗に染められた中津川からの山々は ご縁があって三余堂の手元にもある。
もっぱら これからの時期に利用する。中津川で恵那の山に残る雪と桜の花を愛でる頃だ。
恵那山を見遣る 卯月中津川能楽さんぽの日
青邨記念館 http://www.city.nakatsugawa.gifu.jp/museum/seison/
その 一週間後 三余堂は中山道の中津川にかかる花を愛でた。
中津川の支流 四つ目川の桜

中津川は中山道にある。
江戸時代に五街道が整備されて中山道は お江戸の日本橋から京三条大橋までの
六十九の宿場を持つ。
日本橋から数えて四十五番目の宿場が中津川である。
現在は 中央自動車道や中央本線の整備で名古屋への足もよくなった。
長野の松本までも 一時間半あまりである。
その昔 東海道膝栗毛の弥次さん喜多さんは江戸への帰り道、中山道六十九次を行ったようだ。
そこに書かれた中津川宿は、旅芸人などのいる賑やかな町であったらしい。
木曽山中の商業の中心地で、穀物、塩、酒、呉服、木綿、紙などが扱われ、市も立ち賑わいを
見せていたのが 中津川宿である。
広重は『木曾海道六拾九次之内』を描いている。
中山道広重美術館 http://museum.city.ena.gifu.jp/top.html
広重は一宿に一枚を描いた。だが、中津川宿は「晴れ」と「雨」の二枚がある。
篠つくような雨の中を、合羽を羽織った3人の武士が急ぐさまを描く雨があるのだ。
中津川から望む山々

中津川の駅に降り立って、遠く北に目をやると丘のように広がる山を見る。恵那山だ。
日本の百名山に挙げられる 二千メートルほどの標高を持つ恵那山(えなさん)は
伊邪那岐命 イザナギノミコト、伊邪美岐命 イザナミノミコト、が天照大神の胞衣(えな)を
納めたと伝えられている。
その恵那の山々を前田青邨画伯は描いている。
中津川は画伯の故郷である。
袱紗に染められた中津川からの山々は ご縁があって三余堂の手元にもある。
もっぱら これからの時期に利用する。中津川で恵那の山に残る雪と桜の花を愛でる頃だ。
恵那山を見遣る 卯月中津川能楽さんぽの日青邨記念館 http://www.city.nakatsugawa.gifu.jp/museum/seison/
投稿日 2008年04月13日 12:35:03
最終更新日 2008年04月13日 12:35:39
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