http://nogakusanpo.maya-g.com
記事移動
2007年01月12日
月次ということ
カテゴリ : [三余堂月次]
御 慶             月次ということ

松は取れたが 今年初めてになるので 正月のご挨拶を申し上げる。
この正月の挨拶も 近年 御座なりになってきた気がする。街の年末年始の賑わいも 様変わりしているし、
アケオメ も古びた感じの言葉になった。

最近使われなくなった 懐かしい言葉を 永六輔氏がラジオで 聴取者から募っていたことがある。
おてんとさま、やら 様子(ようす)がいい、やら おしたじ、おてしょうに 御不浄から よござんす まで 
ありとあらゆる 言葉が寄せられていた。 確かに 近頃は 皆が当たり前には 使わなくなっている。
子供の頃には 自然に親しんだ 物言いや 音が いつの間にか消える。
使われないと 歴史的産物となる。 こうなると 言葉は 授業で学ぶことになる。
今時 御不浄なんて言ったって  「それぇ 何ですかぁ。 あっ メモ、メモ!」 と言われるのが落ちである。       説明なんかしてたら まにあわネェや。
大人になって 頭で学ぶ言葉は 生活感がないから ますます使わない。
年寄りがいれば 少しは違う と思いたい。 が 孫世代は二言語併用でしっかり かび臭い言葉は切捨てる。
すると 年寄りも使わなくなる。この循環で 新しい言葉の勉強が忙しいのは 年配者の方であろう。

最近使われなくなった言葉に 月並会 がある。
要するに 定例会のことである。よりよりの集りや 俳句ゃ和歌の毎月の会、月例会。
月並・月次 と言う。 つきなみ である。
月並とは 文字通り つきなみであること、平凡で 新鮮さが無くてありきたりなことで ある。
たんたんと 毎月 毎月 繰り返していくことでもある。
三余堂月次 と名付けた この項もその意味である。  奇を衒って ことを 起こすことではない。

月次ということ 矢来の月並能が 観世九皐会定例会となる

特別は 月次があってこそ ということだ。
にも拘らず 三余堂は サイト管理の勉強とばかりに 三余堂月次の項を弄った。
特別な月次は 月次ではないのに である。 果たして ……。
Warning: file  の表示となる。

これまでの 三余堂月次が 削除になった。

事の次第を知った 鵞毛庵が エピファニーのガレット・デ・ロワを頬張りながら 必死で回復を
図ってくれている。 が 月次を崩したことは 容易には回復しない。
陳腐なまでの平凡は 奇を衒った仕掛けとは比較にならない力を持つ。
あぁ いと口惜しながらも 鵞毛庵 に感謝することになる。
                       なんて こった!


観世九皐会  http://www/kanze.com/
エピファニーのガレット・デ・ロワ  鵞毛庵  http://www.maya-g.com/diary.html  1月9日 記事
投稿日 2007年01月12日 11:35:45
最終更新日 2007年01月12日 11:36:37
修正