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2010年06月12日
西行桜
カテゴリ : [三余堂月次]
梅雨入り前の晴れ間に心地よい日陰をつくるのは さくらの青葉。
四月の初め、みごとに花を翳してみせたのは ソメイヨシノで 今は昔、江戸末期に
駒込の染井村で誕生した種である。 植木屋さんの労作であった。
万葉集にも桜の歌はあるが、奈良時代は花といえば梅。
遣唐使の廃止などで唐風文化が廃れ、日本文化の国風化が育つと
平安時代には桜の人気が高まっていった。
その当時の桜は 大雑把に一くくりで言うところの山桜。
山桜は花つき、色の濃淡、樹の形、などが様々である。
開花時期にずれがあるので、同じところで時間をかけてじっくりと花を愛でることが出来た。
一斉に咲き、一斉に散るという桜ではなかった。
故に、大家のお声掛かりで慌てて 番茶や沢庵持参で長屋中が花見に繰り出すこたぁないし
ユックリト、幾度も、何遍も 非毛氈に見立てたむしろで歌を詠むなり、句を捻るなり…
花は白色、淡紅色、先端の色濃いものなどさまざまで
若葉も赤紫やら、褐色やら、黄緑色やら、豊かな緑色を見せる山桜類。
いわゆる 吉野の桜だ。樹齢500年を越えるものもあるという。
花も濃淡で美しいが 若葉青葉と新緑の葉はさらに魅せるものがある。
そんな 花を愛でた歌人として名高い西行法師は、
平安時代末期から鎌倉時代初期という時代の移り替わりに生きた。
元永元年(1118年)〜文治6年(1190年)のことである。
俗名を佐藤義清 さとう のりきよ。北面の武士として仕え、和歌や故実に通じていたという。
『千載集』や『新古今集』、『山家集』に多くの花を詠んでいる。花の歌人だ。
世阿弥が室町期に「西行桜」という能を作った。
花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける
西行法師の詠んだこの和歌を主題とした「西行桜」は、老桜の精をシテが描きだす。
能 西行桜 La plume d'oie (c) 鵞毛庵 2010
画像をクリックすると拡大します。
武士として鳥羽上皇に仕えていた西行は、京都の天台宗 勝持寺で出家したとの説があり、
鐘楼堂のそばへ一株のしだれ桜を植えたという。
現在はそれを「西行桜」、勝持寺を「花の寺」と呼ぶ。
今頃、その桜は若い緑が豊かに重なり合って 卯の花くたし到来にそなえているだろう。
この20日 能を知る会で三余堂は西行桜を勤める。
能 景清 La plume d'oie (c)鵞毛庵 2010
西行と同じ頃に生きた、藤原景清を五月の月次で取り上げた。
その景清を題材にした能も同日上演され、鵞毛庵の作品が絵葉書として会場で求められる。
四月の初め、みごとに花を翳してみせたのは ソメイヨシノで 今は昔、江戸末期に
駒込の染井村で誕生した種である。 植木屋さんの労作であった。
万葉集にも桜の歌はあるが、奈良時代は花といえば梅。
遣唐使の廃止などで唐風文化が廃れ、日本文化の国風化が育つと
平安時代には桜の人気が高まっていった。
その当時の桜は 大雑把に一くくりで言うところの山桜。
山桜は花つき、色の濃淡、樹の形、などが様々である。
開花時期にずれがあるので、同じところで時間をかけてじっくりと花を愛でることが出来た。
一斉に咲き、一斉に散るという桜ではなかった。
故に、大家のお声掛かりで慌てて 番茶や沢庵持参で長屋中が花見に繰り出すこたぁないし
ユックリト、幾度も、何遍も 非毛氈に見立てたむしろで歌を詠むなり、句を捻るなり…
花は白色、淡紅色、先端の色濃いものなどさまざまで
若葉も赤紫やら、褐色やら、黄緑色やら、豊かな緑色を見せる山桜類。
いわゆる 吉野の桜だ。樹齢500年を越えるものもあるという。
花も濃淡で美しいが 若葉青葉と新緑の葉はさらに魅せるものがある。
そんな 花を愛でた歌人として名高い西行法師は、
平安時代末期から鎌倉時代初期という時代の移り替わりに生きた。
元永元年(1118年)〜文治6年(1190年)のことである。
俗名を佐藤義清 さとう のりきよ。北面の武士として仕え、和歌や故実に通じていたという。
『千載集』や『新古今集』、『山家集』に多くの花を詠んでいる。花の歌人だ。
世阿弥が室町期に「西行桜」という能を作った。
花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける
西行法師の詠んだこの和歌を主題とした「西行桜」は、老桜の精をシテが描きだす。
能 西行桜 La plume d'oie (c) 鵞毛庵 2010画像をクリックすると拡大します。
武士として鳥羽上皇に仕えていた西行は、京都の天台宗 勝持寺で出家したとの説があり、
鐘楼堂のそばへ一株のしだれ桜を植えたという。
現在はそれを「西行桜」、勝持寺を「花の寺」と呼ぶ。
今頃、その桜は若い緑が豊かに重なり合って 卯の花くたし到来にそなえているだろう。
この20日 能を知る会で三余堂は西行桜を勤める。
能 景清 La plume d'oie (c)鵞毛庵 2010
西行と同じ頃に生きた、藤原景清を五月の月次で取り上げた。
その景清を題材にした能も同日上演され、鵞毛庵の作品が絵葉書として会場で求められる。
投稿日 2010年06月12日 0:05:50
最終更新日 2010年06月12日 0:05:50
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