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2010年01月12日
写本発見
カテゴリ : [三余堂月次]
昨年の10月案内望遠鏡で触れた世阿弥の能楽論集は、発見から100年!という内容であった。
年明けの読売新聞紙上に 『世阿弥の能楽論 写本一部を発見』 と記事。
「却来華 (きゃくらいか)」 の写本の一部が 観世流宗家の倉庫にて発見されたという。
一部ではあるが 現存の唯一の写本ということだ。 
完全な写本は関東大震災で焼失した、と既述の案内望遠鏡 《時雨月の御案内を》で書いた。

世阿弥の著作は洒落た標題で、風姿花伝、花鏡、拾玉得花、夢跡一紙、等々。
「却来華」 は世阿弥晩年の著作であるが、これもしかり。
能 歌占(うたうら)に 「また蘇命路に却来して」とある。
蘇命路は、甦る命の路だと主役であるシテの渡会の某が ツレの里人に説明するが、
梵語でいう須弥山(しゅみせん)の蘇迷盧(そめいろ) と掛けている。
却来とは或る境地に達した後に又、元の境地に立ち返ることをいう。
却来の華と表された能楽論の写本は 1509年から1583年に生きた観世宗節が作った書類集の
中に見つかった。 世阿息男元雅云々〜と書かれているのが読み取れる。


写本発見 2010.01.05. 読売新聞夕刊

世阿弥は子の元雅を若くして亡くしたことが著述の動機と記している。

「観世宗節は戦国時代の不安定な状況下で、自らの道しるべとして世阿弥の写本を
自筆で残したのだろう」と、発見者の松岡心平東大教授は話しているという。
観世宗家は伝わる文書、資料などをデジタル画像化してインターネット上に公開すべく作業を
している。昨秋、東大教養学部60周年記念 −観世家のアーカイブ展−として
世阿弥の直筆本なども公開した。 
却来華の記事が出た週末に 一遍上人の作ったとされる「踊念仏和讃」が記された写本が
見つかったと やはり読売新聞に出た。
観世宗節の写本と同じ時代の写本になろう。
やはり、大阪の真言宗御室派大本山金剛寺の総合調査で発見されたらしい。
踊念仏は江戸初期に、出雲の阿国が京へ出て大いに流行らせた。阿国歌舞伎である。


2010.01.09. 読売新聞夕刊 写本発見

それぞれの 一連の研究作業はまだまだ数百年の時を解明し続けていく。









投稿日 2010年01月12日 1:29:59
最終更新日 2010年01月12日 9:34:04
修正